日本とアメリカのIT業界を取り巻く文化的な背景
ひょんなことから、「今後のITの行方と日本のIT業界の動向」というレポートのテーマを頂いた。正直もの心ついてからこの仕事以外を知らず、ずっとこの業界にいるのにこんなことを考えたことなどあったかしらと思った。インターネット業界に代表されるIT業界は、様々な産業が互いに関係し合って成り立っているといわれている。
それを簡単にまとめると、IT業界とは、インターネット業界、パソコン・その他ハードウェア業界、ソフトウェア業界、通信関連会社・プロバイダといったキャリア、そして近年需要の伸びが見込めるアウトソーシング業界、教育もIT業界の一部であると考えられる。このひとつひとつの業界が、全面的にグローバルな市場での競争力が低下し、日経新聞の1月6日日曜日の社説にあるようなガラパゴス諸島で絶滅の危機に面した産業となっているのか、また、このIT業界の競争力がかくも簡単にここまで低下してきた背景にはどのようなことがあるのかを掘り下げてみたい。
アメリカのソフト産業が世界で最も強いということについては、誰にも異論がないだろう。アメリカの国内は言うまでもなく、国際市場にも、60%以上のシェアを占め、絶対なナンバーワンであると言える。アメリカのソフト産業と並び称されるのは、経済実力と科学研究の水準で見れば、アメリカと比較できる国は日本しかないと言われていた。例えば、トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」を読めば、彼がいかに日本人のソフトウェア開発力を高く評価しているかがわかる。実際ゲームソフトの世界では、世界を支配しているのは合州国ではなく日本である。いつかのことそう私たちの大先輩の時代ではあるが、日本のサムライは車、家電、LSI製品の領域において、アメリカの牙城を一つ一つに攻め潰していき、これらの業界の世界一になった。しかし、この数十年間、アメリカのソフト産業は世界制覇を続け、その地位は少しも翳りをみせない。それにもかかわらず、日本は、経済・科学技術の大国といわれ続けていながら、そのソフト産業の有名さ、影響力は、インドやイスラエル、最近ではロシア、ベトナム、果ては中国よりも少ない。これはなぜなのだろうか?
ソフト産業は文化と深く関連する産業であるといわれる。アメリカは移民の国であり、歴史は長くない。ただし、普通の人々(日本人が考えるところの)と比べれば、移民達は豊かな想像力を持ち、冒険に好み、チャレンジに好きな人間だと言える。特に第二回世界大戦後、アメリカは世界の各国から数万、数十万の高学歴・高素質の新移民を集ってきて、世界の経済・文化・科学の中心になった。これらの発想が豊かで、創造力を持っている人材はアメリカの経済・科学発展のため、最も貴重な資源となったと言われる。それに、高度民主・自由な環境に置いて、相違の文化・思想が御互いにぶつかったり、争ったり、融合したりすることこそ、価値ある、新創意、新思想が生まれる環境に違いない。その上で、アメリカの先輩の移民が作った合理的な憲法、自由競争の市場体制は、創意の思想に他の国には比べものにならない発展の可能性と環境を提供してくれたのである。
それに対して日本はどうだろう?北海道にいる数少ないアイヌ民族、それに何十万の朝鮮・中国の移民がいることを除いて他に、日本国は殆ど唯一の民族である大和民族から構成される国である。日本国民の一致性はかなり高く、人々が問題を考える方法は、ほぼ同じと考えられている。「言霊」の国である日本は、その単一民族の独特のコミュニケーションとチームワークによって過去の戦いにおいて絶対的な優位性を持っていたのかもしれない。ただし、現代の「言霊」は全て電気的に処理が可能なデジタルデータで表現できさらにその利便性と引き替えに我々は言語化能力を問われることになったのだ。単独民族国家という特殊な条件に加えて、日本は長くて狭い島国で大陸とは繋がっていないので、長い歴史において大陸の影響をほとんど受けなかった。遠隔されていた楽園、これらの歴史的、地理的、人文的な条件によって、日本人は国際化に対する理解、他民族(同一の民族であっても)との交渉については不得意であると言えよう。なにより、現代人の間でも我々は空気をよみ様々なコミュニケーションを取れることが重要とされているではないか。
単独民族で多くを主張することなどなく、暮らしぶりも考え方もかなり類似するこの日本という国の国民には、様々な思想や、意見が激しくぶつかりあう環境はなかった。そしてこの国の中では、それぞれの違った考え方や思想を超えて、それらを支配できる偉大な政治力も哲学も戦略家も思想家も生れる必然性がなかった。それが必要でなかったほどに、この国は安全で価値観が統一された農耕民族が治める平和な神の国だったのだ。
ITは、形の見えないものを形にするという創造力が要求される仕事である。その何ものにもとらわれない創造力や仮説を立てて物事を掘り下げていくようなものの考え方などは、成果と結びつけて考えると日本では成り行きで済ませてきたことがいかに多かったのかということがわかる。本来、かたちの見えないものだからこそ、前提を定めて仮説を検討し、その価値を計り、いくつもの答えの中から、最善の解を選び取っていかなければならないのだ。その答えを導き出すプロセスをいかに早く、沢山の可能性を考慮して判断することが出来るようになるのかが重要なことなのである。
これらの、歴史的文化的な背景は日本のIT業界が、現在世界市場においての影響力を低下させてきた要因のひとつではないかと考える。次回は、それに加えて日本のIT業界がどのようにして成長し、現在どこにその需要が見込まれるのか、問題はどこにあるかそして、我々はどこを目指しているのかについて考えていきたいと思う。
今週は、大寒ですね。東京でも雪が降るなどという噂もありますが、どんなものでしょうか。寒いときには、暖かくしてください。みなさま風邪など召されませんように。
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